元自衛隊メンタル教官の下園壮太さんに、メンタルを健やかに保つコツを聞くシリーズ。第2回のテーマは「記憶(うらみ)」。働くママへの影響と、セルフケアのポイントを紹介します。

お話を聞いたのは

下園壮太さん(メンタル・レスキュー協会理事長)

1982年陸上自衛隊入隊。メンタルヘルス教官として、大事故や自殺問題、惨事対処など多くのカウンセリングを手がける。2015年定年退官し、現在はNPO法人メンタルレスキュー協会理事長。一般向け「感情ケアプログラム」の普及にも務めている。>公式ホームページ

index目次

「職場復帰うつ」が増えているワケ

「女性の“産後うつ”は広く知られるようになりましたが、最近は育休明け、復職後に心身の調子がダウンする“職場復帰うつ”の人が増えていると感じます。」と下園さん。

初回でも解説していますが、

うつの主な原因は“疲労”

出産、育児休暇を経て復帰したママは、もともと慢性的な疲労がたまりやすい環境にあります。

これに加えて、職場に復帰したママにありがちなこととして、周囲の期待と自分とのギャップがある、と下園さんは指摘します。

「今の世の中、マンパワーに余裕のある職場など、そうはありません。1人が職場に戻れば、メンバーは育休前と同じだけの働きを求めてしまいます。

けれども、現実は、時短勤務だったり残業が物理的にできなかったり、以前よりも体力が落ちたりしているもの。

敏感に感じる人こそ“期待に応えられない”と自分とのギャップに苦しんでしまうようですね。」

「働く女性=輝く女性」のイメージにギャップを感じることも

また、ここ数年は、国を挙げての「女性の活躍推進」。メディアやSNSを通じて発信される「輝く女性」イメージがあり、また実際に、働く女性である先輩の存在が身近に増えています。

「もちろん、こうしたモデルが目標となって前向きになれるなら、なんの問題もないですよ。ですが、こうでありたいという期待と、現在の自分との比較は、“自分へのダメ出し”になりがち。心のトラブルの元になってしまいます。」と下園さん。

「記憶(うらみ)」があなたの疲労を深める

さらに、「記憶」が働く女性たちの疲労を深めているケースも。

「クライアントの話を聞いていると、出産前に妊娠中の勤務をしていた人などは疲労をためた状態でやめている人が多いんです。職場は大変な場所、怖い場所だという、奥深い記憶やイメージがあるんですね。」

「記憶」がなぜ、疲労を深める?

「私は、記憶のことを“防衛記憶”と呼んでいます。記憶とは、人を守るために存在するものだからです。」と下園さん。

たとえば、インターネットやメディアどころか、文字も持たなかった原始人時代。「あの山には猛獣がいる」「あの部族はうちを襲ってきたことがある」など、“恐怖の記憶”は、生きるために不可欠でした。

ネガティブな記憶は、実は、人を防衛するためのもの。だからこそなかなか忘れにくいし、生存の危機にあるほど、「記憶」はあなたにアピールします。

さて、現代のあなた。本人は表面ではあまり感じていませんが、「職場=怖い場所」の奥深い記憶があります。

そして、その記憶は、疲れてエネルギーダウンしているあなたを守ろうとして、心の初期設定を「警戒モード」にしています。

  • “また”こんなことを、上司に言われてしまった
  • 残業できないのに、“また”仕事を押し付けられた
  • 時短勤務なのに、なんで後輩ではなくて、私が担当なの?

これまでと同じ場面でも、記憶による「警戒モード」が、あなたをイライラさせてしまうのです。

「防衛記憶とは、本人の感覚としては“うらみ”ですね。怖いことに、“うらみ”は、自分の中で、いつのまにか大きく育ってしまうんですよ。」

“職場=怖い場所”という防衛記憶(うらみ)が大きくなるとネガティブな感情が過敏に発動してしまいます。

と下園さん。

過剰なネガティブ感情はとても疲れます。また、現実的に、怒りやイライラを感じれば、対人関係のトラブルになることも出てくるでしょう。こうして、「防衛記憶(うらみ)」は疲労を深めてしまうのです。

夫への止められないイライラも「記憶」

下園さんによると、「防衛記憶(うらみ)」は、職場だけでなく、家事育児を分担してくれるべき夫や家族にも向くことも。

夫へのイライラを止められない

という苦しみを訴えるクライアントも多いそうです。

「子育てをして、その上で仕事をすることは結局、誰でもオーバー枠になりがちなのですね。ましてや“ワンオペ育児”状態で、一人で頑張れば頑張るほど、“防衛記憶(うらみ)”がついてしまうのです」

例えば、第1子出産子育てで、第3段階の疲労(うつ状態)に少し触れた人は、夫に対して「協力してくれなかった、私の苦労をわかってくれなかった」という思いが、記憶として残りがち。

この防衛記憶が、第2子の出産子育てで疲れ始めたとき、夫に対する止められないイライラとして現れてくるのです。

「イライラだけならまだいいのですが、それが過剰であることは自覚しているし、子どもの前で自分がコントロールできないことに、自己嫌悪もつのる。

こうなると自分にもイライラしてしまうという悪循環に陥ってしまうのです。」

心をゆるめる3つのステップ

では、どうしたらメンタルを健やかに保てるのでしょうか。

「対処としては2つです。一つは、“イライラは、過去の頑張りの記憶のせい”と自覚すること。

もう一つは、初回で話した通り、とにかく“心身の蓄積疲労をためない”こと。

そのためには睡眠をはじめとする静かな休養を大事にしてください。それだけでも本当に違うんですよ」と下園さん。

また、自分の中に、職場への「防衛記憶(うらみ)」があると感じる場合、次の3つのステップで心を慣らしていくと良いそうです。

  1. まずは「仕事」に慣れる
  2. 次に「場所」に慣れる
  3. 最後に「人」に慣れる

これは、ワーキングマザーに限らず、うつ病などの不調で休職になった人が職場復帰をするときのステップです。

一度に全部復帰するのではなくて、まずは「仕事をすること」に慣れる。在宅などで、ちょっとした作業や簡単な仕事から始めます。

次に、「場所」に慣れる。元いたオフィス、元いた部署、元いた席などに、少しずつ近づいていくなどします。

最後が「人」に慣れること。

“他人”は一番コントロールが効かない、ままならないもの。最初にいきなり慣れようとせず、最後の最後で慣れていけばいいと考えて。

「苦手な人とはさりげなく距離をとるなどして、上手に気持ちをゆるめましょう。」と下園さん。

職場復帰で、「仕事」「場所」「人」の3つに、一気に飛び込んだ人も多いと思います。

もしも、今ちょっとバランスが悪かったり、焦っていたりするのなら、心の中だけでもこの3つのステップを意識して、自分のペースダウンを図ってみましょう。

また、この3つのステップは、週明けや長い休み明け、ブルーになったときの心構えとしても使えますね。

「悩みごとやトラブルがあっても、自分自身のケアをするだけで感じ方が変わり、いつのまにか解決していることはよくあること。」

時間に追われ家族を優先しがちなワーキンマザーこそ、ちょっとしたことからでいいので、心身のセルフケアを大切にしてほしいですね。

なお、夫への「防衛記憶(うらみ)」の対処方法については、次回「夫婦関係」で紹介します。

この記事を書いたライター

ライター一覧 arrow-right
向山奈央子さん

フリーライター&エディター。仕事で走り回りすぎて、気付いたら一人娘は中学生に育っていた! ライフワークで「感情ケアプログラム」指導者コース修了。忙しいワーママを見ると、つい(聞かれてもいない)アドバイスをしてしまう。

向山奈央子さんの記事一覧 v-right