2児のパパ目線、そして新聞記者の目線で子育てや世の中の気になることを読み解く、高橋天地さんの「新聞記者パパのニュースな子育て」。今回は、昨年の第31回東京国際映画祭で最高賞に輝いたフランス作品「アマンダと僕」について。

第31回東京国際映画祭で最高賞に輝いたフランス作品「アマンダと僕」

©2018 NORD-OUEST FILMS – ARTE FRANCE CINÉMA

昨年の第31回東京国際映画祭で最高賞に輝いたフランス作品「アマンダと僕」(公開中)は、テロで家族を失った遺族の苦悩と人生の再出発に優しいまなざしを向けた人間ドラマ。

長編3作目の新鋭、ミカエル・アース監督(43)は「心に深く刻み込まれた傷は誰かの愛を得て必ず癒やされる。作品はそんな私の願いを込めたパリの人々への応援歌だ」と語る。

パリ同時多発テロに着想

初夏のパリ。便利屋家業で生計を立てる心優しい24歳の青年、ダヴィッド(ヴァンサン・ラコスト)は大の仲良しだった英語教師の姉、サンドリーヌ(オフェリア・コルブ)を無差別テロで失う。

©2018 NORD-OUEST FILMS – ARTE FRANCE CINÉMA

シングルマザーのサンドリーヌには7歳の一人娘、アマンダ(イゾール・ミュルトリエ)がいたが、引き取り手がなく…。

アース監督が着想を得たのは、2015年11月に130人の犠牲者を出したパリ同時多発テロに遭遇し九死に一生を得た友人の体験談だ。

友人は劇場で米ロックバンド「イーグルス・オブ・デス・メタル」のコンサートを鑑賞中、銃を乱射するテロリストらに襲われ、多くの観客の命が奪われた。友人は今でも、テロの生々しい記憶が不意に蘇り、恐怖心にさいなまれているという。

「私をはじめパリの住民もまた、ふと事件を思い出し不安にとらわれるようになった。テロの後、パリの雰囲気もすっかり変わった。警戒に当たる軍人の姿が目立ち、どこか重たい空気が漂っているのだから」とアース監督。

そんなときだからこそ心の傷と向き合い、懸命に乗り越えていくパリの人々の姿を描きたくなった。パリ生まれの主演、ラコストは「今パリで生きるとはどういうことか。この映画を通してよく分かるはずだ」と言葉を継いだ。

青年と少女の静かな気迫に圧倒

不安発作を繰り返すアマンダ、親代わりになる自信がなく狼狽(ろうばい)する独身のダヴィッド。

共同で脚本も執筆したアース監督は、戸惑いながらもダヴィッドとアマンダが2人で寄り添って生きることを決意し、新たな一歩を踏み出すまでの心の軌跡を丁寧に切り取った。

テロの翌朝、ダヴィッドが母の死を知らないアマンダを散歩に誘い、公園のベンチで事実を伝える場面は、胸をかきむしられる最大の見せ場だ。

©2018 NORD-OUEST FILMS – ARTE FRANCE CINÉMA

「ママはどこ」と問うアマンダに、「もうママには会えない。死んだんだ。二度と会えない」とダヴィッド。

あふれ出さんとする涙をこらえ、肩で息をしながらゆっくりと言い聞かせると、アマンダは一言も聞き逃すまいとダヴィッドをじっと見つめ、ぽつりと一言。「歩きたい。行こうよ」

アース監督は一切の演出をラコストに任せた。ラコストは「撮影3日目だった。どう演じれば悲しみや将来への不安、アマンダへの思いやりが効果的に伝わるかを考え、撮影前夜は一睡もできなかった。結果的に、ごく自然なしぐさや感情を出せたらいいと腹をくくり、ぶっつけ本番で臨んだ」

アマンダ役のミュルトリエは演技経験がなく、街でスカウトされた。この場面で彼女が見せた演技について、ラコストは「僕の演技をよく見たうえで、自然な演技で返してくれた。後で彼女に聞いたら“過去に悲しかったことを思い浮かべた”そうだ」と明かす。

ミュルトリエの魅力は「大人びたところと幼さが同居している点」だとし、「アマンダと似ている。ぴったりの配役だ」と話した。

限界まで感情を押し殺し、残酷な出来事との折り合いのつけ方を探す2人の静かな気迫に、見る者はいつの間にか引き込まれ、最後まで圧倒される。

前向きな成長物語に

©2018 NORD-OUEST FILMS – ARTE FRANCE CINÉMA

感情の繊細な動きを真正面から描きたい-はアース監督のライフワーク。「テロリストが繰り広げた卑劣な行為の一部始終には関心がなく、作品に盛り込まなかった。むしろ見る者に希望を与えたかった」。

夏の強くまぶしい陽光が降り注ぐパリで、喪失感に向き合いながら必死に生きる2人の「可能な限り明るく前向きな成長物語へと仕立てることができた」と胸を張る。

来日中、アース監督は、川崎市多摩区の路上でスクールバスを待つ児童らが男に次々と襲われ、19人が死傷した事件が起きたことを知った。

「何の落ち度もなく、ある日突然命を落とした犠牲者の家族や関係者の悲しみは察するに余りある。心の専門家とケアに努めるなど、皆さんがよき方向に歩き出すことを祈るしかない」。4歳と2歳の父親でもあるアース監督は苦渋の表情を浮かべた。

左:ヴァンサン・ラコスト、右:ミカエル・アース監督(高橋天地撮影)

この記事を書いたライター

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高橋天地さん

1995年、慶應義塾大文学部独文学専攻を卒業後、産経新聞社へ入社。水戸支局、整理部、多摩支局、運動部などを経て、SANKEI EXPRESSで9年間映画取材に従事。現在は文化部。学芸班(文学)、生活班(育児、ファッション、介護、医療、食事、マネーなど)を経て、2017年10月から芸能メディア班に所属し、映画取材を担当。2019年5月1日より公式サイト「産経ニュース」のWEB編集チームに所属

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