だいたいの子供に訪れる悩ましいその時期

誕生日を前日に控え、それは突然やってきました。
何気ない一言ではじまりました。

「あ、トイレに行ってきなー」
「やだ!トイレ、行かない!!!!」

そこからはもうすべてのことに「NO!」
うっかり肯定しようものなら、慌ててわめいて「しない!!!」
お前の思い通りになんかなるものか!って声が聞こえてきます。

そういう時期があるのはわかっている。覚悟もしていたはずなんだけど、これが予想をはるかに上回って身も心もぐったりさせてくれるものでした。

成長段階で今までとの差ってなんだろう

私の言い方が悪いのだろうか、と悩み始めるときりがない。
しかし、悩んでみても解決なんてしない。
誰が悪い、これが悪い、タイミングが悪いそんな要因なんてないんじゃないか。

自ら思考し、言葉で意思疎通を行うようになり、できることやれることが増えていく3〜4歳。
つまりは赤ちゃん時期卒業で、親の肌からも離れていく頃なんだなぁと。
自分は自分であるように親もまた自分とは別の人間だと気づくことは少し寂しいことなのかもしれません。
でも、こどもにも友達社会などができはじめて、親のいない時間というものが自分に何かを与えていると理解しはじめているのだからこそ、親とは別の人間であるという認識をし始めるのだろうなぁと。

離れていてもそばにいて

物理的に違う空間(仕事、家、保育園、幼稚園などなど)にいて、肉体的に触れることはできなくても相手の心の在処みたいなものが確信できると不安って和らぐと私は思うのですが、そのためにはまず心の在処を確かめなくちゃなぁという段階なんだね、と。
目に見えない心に触れるには跳ね返ってくるものを投げつける方が手応えを感じるのかもしれません。

親と自分を対にして家族と安心という自分の居場所を確かめているのかもなぁと。
そうなると、思春期ってのは次のステップとして自分と社会を対にしていく段階か?なんて思ったり。

こうやって理解しようと思考してみても、また今日もきっと予想の右斜め上からドタバタ騒ぎになるのでしょうが…。

息子よ、尿道から出ているその液体は紛れもない尿だよ(心の中で)

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ぶーやんさん

1児と猫の母。グラフィックデザイナーとしてフリーで家でお仕事。息子の影響でママ鉄の道を少しずつ歩き始めました。基本的にハードル低めで生きています。

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